一、まず、自己決定権は重要だと思います。
私は生まれたころは高度経済成長の中で、あれよあれよと日本が豊かになっていきました。
昭和42年の「もはや戦後ではない」という経済企画庁の言葉が象徴しています。
もし、自己決定権があるとすれば、そうブルートレインに乗って父に市ヶ谷に会いに行っていた頃、三島由紀夫氏が割腹自殺を遂げた時期だったでしょう。
戦後民主主義とは、そう、敗戦国家の海軍の子弟をいじめる偽善だと思います。
この事は、平和、平等と言いつつも部落差別をする戦後民主主義で象徴しており。
今はもはや部落差別をしたと冤罪事件を引き起こし、家柄の良い人間は部落出身者だと言う精神異常者の集団に変わってしまっています。
三島由紀夫氏はこの偽善によって日本国民が精神異常者に陥ることを予言して、割腹自殺を行ったと考えています。
そんな中、幼い私にも自己決定権はやってくるのでした。
この事は、後で知りましたが、戦後民主主義の象徴教育基本法がPTA制度を始め、わが国を洗脳するので軍部の子弟は多くが灘中学、ラサール中学や有名中学に進学して難を逃れていました。
しかし、私は地元中学から、地元県立高校に進学しました。
二、次に、選択が私に科せられて来ました。
大学進学です。
医学部進学を諦めた私は、ある日東京大学へ進学し大蔵省へ入省しようと発想しました、治にいて乱を忘れ得ない精神でした。
そこで、国立か私立か選択があり、私は無理やり私学を選択させられた思い出があります。
「これもお前のためだ我慢しろ。」です。
今、なくなっている中村とうようさんはその典型だったと思います。
国立に行ったら学生運動をするから、・・・・と言うのが理由でした。
「お前が本当に優秀なら地元の私学に行って成功しろ。」これが意見でした、めちゃくちゃです。
日本を築いた池田隼人首相の後輩でありながら経済的活躍を封じられていた中村さんには自らのイメージがダブります。
親が偉いと息子は活躍してはいけない、・・・・・。
三、しかし、今考えれば、その指摘は正しかったと思います。
優秀な中村さんが彼らから狙われないはずがありません、それはこの国の破壊を狙っていた偽ユダヤです。
彼らは、情報を捻じ曲げ自らに向けられた「搾取」からプロレタリアート革命を、発想者のマルクスが理想の国家として、社会主義の目標としていたわが国に向けてきました。
即ち、彼は我が国が搾取をしている、・・・と主張していたのです。
理想の国家が搾取をしているから、理想の国家に対して階級闘争を仕掛ける、・・・と。
日本の優秀なインテリはこのターゲットにされました。
そのターゲットにならない生き方に「自己決定権」があるのです。
「知恵」です、彼らは「挑発」の天才です。
「なんだそんなことも出来ないのか?」と挑発します、挑発に乗ると、・・・・・。
今、感じています、中村とうようさんが発掘したカリプソは今フランスで演奏が盛んですが。
麻酔作用があります、だから暴動に使われるのです、いわゆる宗教的音楽=危険。
これは、実はカリブ海にあったアトランチィス大陸、「ノアの大洪水」で滅んだ、プラトンが記述しているアトランチィスでした。
四、即ち、偽マルクス主義により戦争されたエリートは文明の滅亡の理由を持ち込んでしまったのです。
この事は、常に偽ユダヤは人類を滅亡に追い込む危険性を常に持っていることを意味し、危険で、どの世界からも忌み嫌われることを意味しているのです。
なぜ、京都大学経済学OBが、・・・ここが中村さんが犠牲者である、・・・という意味合いなのです。
この事は、私にも影響しています。
今、当時学生運動を行った人達から「つきまとい」を受けている状態にあります。
即ち守られなかったエリート、そして「知恵」、・・・やはり、「もはや戦後ではない。」という言葉に無条件で踊った功罪を考えさせられます。
戦前の日本は正しかった、日本は戦争を自ら欲したのではなく「挑発」されて行ったのだ。
これが、現在のあの戦争への正しい歴史的評価です。
当時から戦後は、軍部は悪いところはすべて、・・・と言って良いでしょう、語りつくされてきました。
しかし、その戦争は「試練だった」、今評価は逆になっているのです。
日本が戦争をしなければアジアの独立は50年遅れていたでしょう。
この事はプロテスタントを受け入れるのはマニュフェスト=デスチィニー(明白なる運命)で、偽ユダヤを受け入れるのは、ノアの大洪水、人類滅亡、即ち天国と地獄を意味しているのです。
自己決定権、私は勝利したのではないのか?
今、「なりすまし」に悩まされています、つきまとい行為から。
今から、この自己決定権で選択を間違えないように生きて生きたいと思っています。
正直者は救われる、救われる人間は決まっているのです。
以上
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